変動を通じて現在に至る日本型雇用システムが形成された

2011.12.23

変動を通じて形成されたシステムだが、だからといって、日本型雇用システムが維持されるのか崩壊するのか、といった問題を立てたいわけではない。そのような問題設定自体がこれまで通りのパターンであり、それは七〇年代前半の石油危機後の不況においても、八〇年代半ばの円高不況においても、同じであった。当時においても雇用調整は急速に進行し、それは非常な危機感をもって受け止められた。そして危機の意識は、その常として、崩壊か否かといった形で問題を立てるのであった。

[参考情報]
宝塚のバイト
宝塚・三田・篠山市のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関西】短期バイトの求人や社員の仕事も満載

戸塚のアルバイト
保土ヶ谷区・戸塚区のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】短期バイトの求人や社員の仕事も満載

海浜幕張のアルバイト
海浜幕張のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】短期バイトの求人や社員の仕事も満載

表参道のバイト
原宿・青山・表参道のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】短期バイトの求人や社員の仕事も満載

大宮のアルバイト
大宮区のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】短期バイトの求人や社員の仕事も満載

しかし、現実に進行したことは、そのような二者択一ではなく、既存のシステムの変動であり、変動を通じて現在に至る日本型雇用システムが形成されたということだ。一般化していえば、環境条件の変化のゆえに、既存のシステムの機能が低下すれば、それに応じてシステムの変動は不可避となる。たとえば六〇年代の半ばの高度成長と高卒労働者の急増は、新規学卒者の一括採用を制度化し、それに応じて内部訓練と内部昇進からなる「内部労働市場」の制度化を導いた。あるいは七〇年代の変動は、高度成長からの転換として、「減量経営」を制度化した。「減量」を余儀なくされることにより、内部訓練と内部昇進の一層の緻密化が追求されたといってもよい。それが以下で見るような、「職能資格」の制度化をもたらした。あるいは「減量」した中核部分を「定着型」の雇用とし、その周囲を多様な雇用形態とすることが、八〇年代より追求された。